CHAPTER.1幼少期~高校受験
幼少期
人と違う感覚を伝えられなかった時代
天神降臨から続く出雲の家系に生まれ、信仰心の深い親族の流れを受け継ぎ、人がわからないことがわかってしまったり、 目に見えないものを感じとってしまうので、日常生活に違和感を感じるようになっていた頃、 周囲から言動がおかしいと言われるようになり、 小学校に入学してから上手く友達の中に入っていくことができず、ビクビク過ごすようになる。
だんだんコミュニケーションがとれなくなり、いじめられる。そのせいか低学年の頃の記憶が全く残っていない。弟達としか遊ばない“心のひきこもり時代”を過ごす。
小学生での転機
本気でやる楽しさ 悔しさ 仲間を知った時期
小学校3年生の担任の先生との出会いで、学校生活が一変する。
国語の文章読解力をつける為、教科書を全て演劇にしたり、生徒に授業をさせ、宿題や予習に関しては、全てグループの連帯責任に。定規で机を叩くわ、物は投げるわという先生だったが、本気で涙を流して怒ってくれる、一緒になって大笑いしてくれる情熱的な先生だった。この時、厳しさの中にある愛や本気でやるとはどういうことか、苦しさの中で得る成長する喜びを教えてもらう。
友人もでき、学校行事の代表委員をやれるくらいにまでなり、学校が楽しいと初めて思えるようになった。その姿は、低学年の担任に、誰かわからないほど変わったと言われるほどだった。後々この時の体験が自分に大きな影響を及ぼす。
しかし、やっと、学校生活が充実し、やりがいあふれる毎日となったのに、父の転勤で千葉へ転校することになる。
千葉での再スタート
違いすぎに愕然とした時代
転校先の学校の学力が非常に高く、その差に愕然とする。これまで体験したことのないクラス最下位に愕然とし、自信を喪失。転校生いじめにも合い、方言の違いにもついて行けず、不安定になる。
ところが、その差を埋めるために、やむを得ず行くことになった塾で、熱血先生に出会う。
落ち込んでいる私に、「人生にいいことばかりだと人は何も成長しないんだ、だから必ず辛いことは起こるんだ。でもそれを知っているから、喜びや幸せを感じられるんだぞ、これから頑張りゃいいんだ。」と笑い飛ばし、突然、「じゃあ登ってみろ!」と富士登山への挑戦を決めてくれる。
初めて、富士山頂で御来光を拝む。「日本一だ!すごいだろ」という先生の声に、不思議に自分に何か力をもらった気がした。不思議な感覚だった。この時、辛いことを乗り越え、自分の足で成し遂げる喜びを知る。
自分の心構えが変わったことで、これまで怖くてできなかったことができるようになり、気持ちや行動が変わり、成績、友人関係あらゆる問題を、自ら解決していくことができるようになる。
中学校時代
なぜか目立った、その裏で、
人の上に立つ難しさを思い知った時代
テニス部に入部、1年生からレギュラーになり、2年生からはキャプテンになる。生徒会の役員にも選ばれ、体育祭では、応援団チアリーダーに。
修学旅行はレクリエーションリーダー、卒業式では、在校生代表送辞を担当。
これだけ挙げれば、華やかな感じがする多くの特別な機会をもらったが、この活動の裏には、妬みを買ったり、嫌がらせを受けたりの日々。人の上に立ち、リーダーとして人を動かし、思いを伝えていくことの難しさに苦しむ。
しかし、勉強と部活動、学校行事活動の両立の難しさの中で悩みながらも、それを克服し、目標を達成する喜びも感じることができた時期。人に伝えること、問題解決の仕方、リーダーシップの基本を学んだ時代だった。
高校受験
まさかの坂を転がり落ちる
進学校だった中学校。受験結果は、重要なことだった。全員が志望校合格できた中、私は、自己採点では合格だったのに、不合格・・・。(後で、答案用紙の記入ミスを起こしていたことを知る)何が起こったのかわからない愕然とした気持ちとショックは、かなりものだった。
努力が報われない絶望感で、何もかもやる気をなくし、友人たちの白い目に耐え切れず、登校拒否、卒業式も欠席するつもりだった。
ところが、当時の担任の先生が、
「挫折から学ぶことは多い、人の痛みがわかる人間になれる。人生終わるまでこれが良かったか悪かったかはわからない」「人生から逃げるな」「やることはやれ!」
と親身に励ましてくれ、辛いことから逃げずに、現実を受け入れ進む力をもらう。怖かったが、勇気を出して学校に登校、卒業式にも出る。
みんなが話しかけづらいなら、私から声かけて、「3年間ありがとう」って言おう。と、家を出たのを覚えている。強くなった・・。