OFFCIAL BLOG
Adventure of my life

「2016年」の記事一覧

何を選択する?

秋はいつも、研修続きの日々を送る。
様々な業種、立場、人達と出会う。
勿論、業界によって雰囲気も、価値観も違う。
私の仕事は、スキルではなく、在り方や本質的なことを
伝えている。そうすると決めたから。
浅く聞けば、綺麗ごと。本質的にとらえ、今どう生きようかと
本気で考える人には、きっと、胸に刺さる。
目を背けてきた人には、嫌な気持ちをおこさせる。

いずれにせよ、リスクだらけだ。
スキル、知識、ノウハウに、心が痛んだり、苦しくなったり、
攻撃したくなったり、イラッとしたりするものは少ない。
人の価値観に踏み込んでいくことが、どれだけ、怖いか。。笑

だから、身近な人、社内の公開講座でしか本気出してこなかった。

たまに、スキル研修もいいかな・・と思ったりして、
やってみたが、私は、続けたいと思わなくなり、結果続かなかった。

そんなことを、気にもせず、生き方、在り方を主張しておられるかたは、沢山いる。
それは、成功しているから。支持者が多いから。立場があるから。有名だから。
などと、自分の弱さを隠すため、言い訳を探してきた自分もいる。

笑ってしまう。

今月、飛騨の山で、決意したことがある。
もう、リスクを取りながら、仕事をするのをやめると・・。

本気で、魂に語りかけていくと。

今週、エージェントの方から
「ちょっとパワーアップしてません?」「なんだか磨きがかかったんちゃいます?」
そんな風に言われました(笑)
そんな風に写るんだ・・。

ミッションを語るなら、自らミッションを生きていなくて、
語ることはできない。よね。

生きているだけで

北陸・飛騨の実習を終えて、大阪に戻る列車の中です。
「生きているだけで人の役に立つ存在になれ!」
以前、師匠に机を叩いて言われた言葉。
 
意味が分かったつもりで過ごしてきたが、いつも何かのときに
立ち上がってくる言葉。
今回の旅は、それがどういう事なのかを、深めていただく
旅でもあった。
 
起こる事全てが、私に語りかけてくる。
出会う人達が、見せてくれた、教えてくれた。
 
泊まったお宿のお父さんが、
「わしら、この仕事何の為にやっているのかというと、
 ボケ防止じゃ〜あはははは」
「これ飲んでな〜これ持ってけ〜これも食べ!手作りだから
 あははは」
 
心の底から、やれる事を楽しんで最善を尽くしてくれている。
女将さんも
「ありゃ〜〜ごめんね〜!私パバタバタしとるねー。あははは」
「これ運んでくれる〜〜、あっご飯これなんよ。」
 
朝の出発時間が早い事を伝えてなかった為に、段取りを思いっきり
狂わせてしまったのだが、咎め心をみじんも感じさせず、
腹の底から笑って人の力を借りているその姿に、沢山の元気や
生きる喜びを与えている姿がそこに合った。
損得・打算・駆け引き・自分のルール・・商売だが、
こういったエネルギーを感じさせるものは、なかった。
「お母さん!代金払わないと?」とこちらが言うまで、
忘れているし(笑)
「そりゃえらいこっちゃ!それはもらわなあかんわ。
 あはははははは」大爆笑。
 
気持ちが良い。単なる道楽ではない事も、
商売としてやっている事も
このエネルギーからわかる。
本来のビジネスとはこうあるものなのだろう。
原点を教えていただいた。
 
都会にあるビジネスとは、形は同じでも、質が全然違う。
こんなふうに仕事をしていける自分になるために、また
努力していこうと思わせていただいた。
ありがとございました。

何のために・・


週末は、心と魂の長く深い旅に出させていただいた。
 
「なんのために生まれてきたのか」
 
辛いときに子供の頃いつも心の中でぐるぐる廻っていた
問い。
 
自分に答えを見つけてきたつもりだったが、
その時その時に受け止められる範囲での答えだったのだと
今わかる。。
そんな一生懸命だった自分が馬鹿だな・・とも思うが、
愛おしい。
 
週末のワークをガイドさせていただきましたが、
ほっと、役割と責任という肩の荷をおろしたら、自分の
事が、湧き出てきてとまらない。
 
何の為に生まれてきたのか。
その答えが、魂の声が聞こえ
あたたかいものがわき上がってきた。そこに辿りつく、3日間だった。
 
参加者の言葉全てが、自分の事だった。
起こる事全てが、成長への学びだった。
 
そして、
「大切な事は、傷みの中にある」という事も
再確認をさせていただいた。
 
自分の力などもともと何もない。いつしか錯覚する。
でも、人間を超えた大いなる者から学び、教えていただける事は
山ほどある。その真理を私達は分かち合っていただき、
ただ伝えているだけなのだと。
 
そう、もし、努力して自分に備わった力があったとしても、それすら、
いただいた物でしか無いのだと。
 
「自分が・・・」この言葉を主語にどれだけ、おこがましく
生きているのだろう。
 
でも、確信を得た事がある。大宇宙は、愛と調和のつながりの中で
動いている。そして、そのつながりの中にいれば、恐れるものは何も
なく、歓喜の世界しかないのだと言う事。
現世的なものが、全部なくなったとしても、何も困らないのだろう。
お釈迦様や菩薩様 イエスキリストやモーゼ・・・
先人達がどんな境地で肉体を持つ間生きていたのか。そのカケラ
でしかないが、すこし、感じさせていただけた。
 
言葉の大切さ、言葉の難しさ、限界。
伝える事の難しさ、受け取る事の難しさ。
沢山の新しい体験をさせていただいた。
 
こうしてともに体験し連れて行って下さった皆様、フォローし
助けて下さった事に、心から感謝しています。
 
そして、改めて、こう思う。
 
先生 と呼ばれる事が多くなった私の仕事ですが、
特別な存在でなく、一番身近で、身を以て体験をし、
失敗を繰り返しながら、進化しようと努力をし続け
ている人間らしい存在でありたいと・・・。