同じ言葉を使っていても実態が違う
- 2016年02月14日
- つぶやき, 日記
以前は、「なにがしたいか」とよく自分にも、他人にも
問いかけていた。
最近思う、何がしたい・・というと、
望みや希望の状態が続くだけ。
マジックな用語なのです。
では、どう考えるかというと、
「何ができるか」
で考えることの方が大事だと。
「あなたは何ができると思いますか?」
自分の魂は、本当のことを知っている。
必ずこれに答えが見つかる。
それをまず、することなのだと思う。
望んでいる状態で現実は動かない。
言葉というのはむつかしい。
それは、同じ言葉を使っていても
その本当の中身は違うことがよくあるから。
勘違いをする。
「何がしたいかを見つけたら、実現した」
という人も多い。
実現する人が使っている「何がしたい」
の実態は、もう、出来る!という確信があって
未来の事言っていることが多い。
来年旅行に行くと決めているのと同じ感じ。
「できたらいいな~いけたらいいな~、かなうと嬉しい」
というようなレベルではない。
実態が全く違うのに、同じ言葉が使われている。
確信をもってやり始めても、思いどおりなどならないのに、
スタートから希望と欲望だけでは、実現はしにくい。
望みすぎると、絶望が来る。
欲がすぎると、奪われる。
宇宙はそうなっている。